あの頃の偉大な哲学を持っていた人たちの癖が強すぎて人が離れていったみたいなのあるんだろうと思うと、ね……
あすたーいずむ
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引き算
仮にも追悼文で、パーソナリティを書いたパートが "he could be excessive." (彼は度を超すこともあった。)で終わるの、相当だったんだろうな……
アイデアは美しいが癖の強い論文の著者の追悼文を見つけたので読んでみたら、やっぱり本人も癖の強い人だったらしい。この分野そういう人ばっかりでウケる。
パスタを食べた
家事でマインドフルネスしたい
ババーン
さあ、寝るぞ、寝る、絶対に寝ます、寝なかったら木の下に埋めてもらっても構わないよ
一定の結論というのは、① 実存は基本的にどうでもよい、② しかし実存を捨てることは現実的にはかなり困難である、③ したがって実存を所与の環境要因として受け入れよ、ということで、要はよくある「生かされている」論なのですが、「私」という局所的な範疇では、これをかなり受け入れられる気がしてきたということです。より普遍的な問題としての実存そのものの道徳性については保留します。
とにかく、実存の問題については、もう一定の結論が出たということにして、これ以上は深入りせず、即座に体調などの外的要因に対処するという方針をとってもよい気がしてきた。そういえば今年の抱負でも似たようなことを言っていた気がする。
実存の問題が入浴によって完全に解消された
禅ですべてを解放
前にも X で似たことを言ったのだけれども、ネガティブな思考が止まらないときにその思考を止めるのって、いま考えている枠組みを外から眺めるためにいったん今の分析を中断する必要があって、この中断の難しさが、眼前のことよりも普遍的なことを考えたがる特性の弱みのような気がしている
寝るべきだな、寝るべきです
「でも私は生きたいだなんて一言も、いやなんでもないです、すみません、生きます、生きるから怒らないで」
こんなにも不自由のない生活を送らせてもらっているのに!
実存恐怖
顔
自我〜〜
nyaos
会話は面白いので読むときは大体ニヤニヤしている